今年の夏、親父を福島に連れて行きました。
2025年の10月に父親を亡くしました。
父親にとってはじめてのお盆に
父親の実家である福島県に帰省しました。
写真と、生前着ていた服と、いつもかぶっていたキャップ。
それを車に積んで、京都から福島まで走りました。
先に結論を書きます。
連れて行って、本当に良かった。
そしてもうひとつ。
命を繋ぐ相手というのは、常に自分より若い人なんだということに、
この旅で気づきました。
これは我が家の話です。
正解を書くつもりはありません。
ただ、親を亡くしたあとに親戚との距離が分からなくなっている人が、もしいるなら
そういう方に読んでもらえたらと思って書いています。
連れて行って良かった。親父は福島で、みんなに迎えられた
結論を、短く書きます。
親父を福島に連れて行って、本当に良かった。
盆棚に置かれたじいちゃんとばあちゃんの写真の横に、親父の写真を置きました
親父の兄弟である伯父さん伯母さんが、
親父にも線香をあげてくれました。
親父の服とキャップも飾らせてもらって、
そのあとの宴会の輪に、親父ごと加えてもらった。
パパスタこれは、親父が生きているとき、何よりも嬉しかった瞬間です。
それを、亡くなったあとにもう一度つくれた。
それだけで、この夏、福島まで走った意味がありました。
親父が亡くなってから、福島との糸は細くなっていた
なぜわざわざ福島まで行こうと思ったのかという話をします。
親父という結び目がなくなって、連絡する理由も消えた
親父が亡くなってから、
福島の親戚との糸が、細くなっていました。
いとこ同士は簡単に連絡が取れるんです。
LINEもあるし、年齢も近い。
ところが、オジオバとはどうにも距離ができてしまいました。
理由ははっきりしています。
親父という結び目が、なくなったからです。
▲ 親戚との関係は、たいてい親を経由してつながっている(筆者作成のイメージ図)
考えてみてください。
親戚って、たいていの場合、自分が直接つないできた関係ではありません。
親を経由してつながっているものだと思うんです。
当たり前ですが。



これまでも福島の情報はすべて父親から入ってきた
その真ん中にいた人がいなくなると、糸そのものが宙に浮きます。
握る人がいなくなるんです。
これは、誰が悪いという話ではありません。そういう構造だった、というだけです。
連絡をくれないほうが悪い、という話をしたいのではないんです。
そして、この構造に気づけるのは、
たぶん親を亡くしたあとだけなんだと思います。
生きているうちは、自分が糸を握っているつもりでいる。
いなくなってはじめて、握っていたのは自分じゃなかったと分かる。
僕はいま44歳で、会社では人に指示を出す立場にいます。
それなりに自分でものを動かしているつもりでいました。
でも、親戚づきあいに関しては、44歳になってもずっと連れていかれる側だったんです。
今回帰省することで父親の代わりに自分がハブになろうと思いました
京都の我が家にはお盆がない。無宗教で、お墓もない
もうひとつ、うちの事情があります。
京都に住んでいる僕たち家族は、お盆をやりません。
無宗教なので、そもそもお墓がないんです。
迎え火も焚かないし、盆棚も出しません。
お盆のあいだ、亡くなった人を迎えるために仏壇の前に用意する棚のことです。写真やお供え物を並べて、そこに帰ってきてもらいます。玄関に「ここですよ」と目印を出しておくようなもの、と言えば伝わるでしょうか。
福島の本家には、それがあります。
我が家には、ありません。
同じ一族なのに、迎え方がまったく違うんです。
| 福島の本家 | 京都の我が家 | |
|---|---|---|
| お盆の行事 | しっかりやる | やらない |
| 盆棚(精霊棚) | 出す | 出さない |
| 迎え火 | 焚く | 焚かない |
| お墓 | ある | 無宗教のためない |
| お盆に集まる親戚 | 大勢集まる | 集まらない |
これは、どちらが正しいという話ではありません。
ただ、こうして並べてみると、
我が家には親父を迎える場所が物理的に何もなかった、ということがはっきりします。
今年は新盆だった。親父はどこに帰ってくるんだろう
そして今年は、親父の新盆でした。
新盆というのは、亡くなってから四十九日を過ぎた忌明けのあとに迎える、いちばん最初のお盆のことです。
地域によって「にいぼん」「あらぼん」「はつぼん」と読み方が変わります。
一年でいちばん最初の、いちばん大事なお盆です。
迎え火もない。
盆棚もない。
お墓もない。
じゃあ今年の夏、親父はいったいどこに帰ってくるんだろう。
そう考えたときに、答えは出ていました。
お墓もお盆の風習もない京都の我が家で、僕たちだけで迎えるのか。
それとも、親父が生きているとき何より好きだった福島の家で、親戚みんなに囲まれて迎えてもらうのか。
考えるまでもありませんでした。
だから、親父を連れて福島へ帰った
お別れ会のお礼と、繋がりを自分の代で消さないため
福島に帰った理由は、2つあります。
- 親父のお別れ会に来てくださった方への、お礼
- この繋がりを、自分の代で消さないため
2つ目のほうが、正直、大きかったです。
放っておいたら、たぶん自然に消えます。
誰も悪くないまま、年賀状が来なくなるみたいに、静かに終わっていく。
それが分かっていたので、今年は自分から行くしかないと思ったんです。
親父がやってくれていたことを、今度は自分がやる。
そういう順番が回ってきた、ということでもあります。
正直に言うと、少し気が重かったです。
自分から連絡を取って、自分で予定を決めて、家族を連れて、片道何時間もかけて行く。
親父が生きていたら、僕は何も考えずについていくだけでした。
でも、その面倒くささごと引き受けるのが、繋がりを持つということなんだと思います。面倒だからこそ、放っておくと消えるんです。
盆棚のじいちゃんばあちゃんの横に、親父の写真があった
福島の家に着くと、盆棚が出ていました。
じいちゃんとばあちゃんの写真が並んでいて、その横に、親父の写真が置いてありました。
そして、親父の兄弟である伯父さん伯母さんが、その親父の写真にも線香をあげてくれたんです。
これは、言葉にするのが難しいんですけど。
自分の親に手を合わせるのとは、たぶん重さが違うんですよ。
自分の弟の、あるいは兄の写真に線香をあげるというのは、順番が狂っているということでもあるので。
その背中を、僕は後ろから見ていました。
何を思っているのかは、聞いていません。
聞くようなことでもないと思ったので。
ただ、あの線香で、ひとつはっきりしたことがあります。
親父は、まだあの家の一員として扱われている。
亡くなったから終わり、ではなかった。
じいちゃんとばあちゃんの横に並べてもらえた時点で、親父は帰る場所を持っていたということです。
京都の我が家には用意できなかったものを、福島の家が用意してくれていました。
親父の服とキャップも持って行って飾った
それから、親父が着ていた服と、いつもかぶっていたキャップも京都から持って行って、盆棚のそばに飾らせてもらいました。
これは、やってみて分かったことなんですけど。
写真だけだと、どうしても遠いんです。
ところが、実際に本人が袖を通していた服がそこに置いてあると、距離が急に縮まる。
肩の形とか、色の褪せ方とか。
その人が使っていた痕跡が、物として残っているからだと思います。
写真だけでなく、その人が実際に使っていたものを1つ持っていくと、場の空気が変わります。服でも、帽子でも、道具でもいい。「あ、いるな」と思える瞬間が来ます。
宴会の輪に、親父ごと入れてもらった
そのあと、宴会が始まりました。
そして僕たち家族は、写真と服とキャップごと、つまり親父ごと、その輪に加えてもらったんです。
想像してみてください。
福島の田舎の家で、親戚がずらっと集まって、酒を飲んで、笑って、子どもたちが走り回っている。
その真ん中に、親父の写真と、服と、キャップが置いてある。
これ、親父が生きているとき、何よりも嬉しかった瞬間なんですよ。
親戚が集まって、みんなで飲んで騒ぐ。
旅行でもごちそうでもなくて、あの人が心の底から好きだったのは、この時間でした。
それを、亡くなったあとにもう一度つくれた。
本当に、連れて行って良かった。
親父も喜んでいると思います。
福島の大人は、子どもを本気で大切にする
この旅で感じたことが、もうひとつあります。
ウチの子が福島でやりたい放題でいられる理由
ウチの子たちは、福島の田舎が大好きなんです。
自然が多いというのも、もちろんあります。
川があって、山があって、虫がいる。それだけで子どもには十分な理由です。
でも、いちばんの理由はそこじゃない。
福島の人が、子どもにめちゃくちゃ優しいんです。
行った先で会う大人が、全員そろって優しくしてくれて、そのうえ思いきり甘やかしてくれる。
だからウチの子は、もうやりたい放題です。
好き勝手に楽しんでいる。だから福島が大好きなんです。
いとこの子たちも、まったく同じように扱われている
これは、ウチの子に限った話じゃありません。
いとこの子たちもまったく同じように扱われていて、誰の子かに関係なく、その場にいる大人が全員で子どもを大切にしている。
「よその子」という概念が、あの場所には薄いんだと思います。
都会だと、逆のことが起きがちです。
よその子に声をかけるのは気を使うし、注意するのはもっと気を使う。
お互いに距離を取ることが、マナーみたいになっている面があります。
それが悪いとは言いません。
人が多い場所には、そのための作法があるんだと思います。
ただ、福島で子どもたちを見ていると、大人が全員で見てくれている環境の中の子どもは、表情が違うんですよ。
遠慮しない。
大声を出す。
失敗しても平気な顔をしている。
子どもは宝で、未来だ
本来、こうあるべきなんだと思いました。
子どもは宝です。
これは道徳の話ではなくて、地域にとっても、地方にとっても、国にとっても、実際にそうだという話です。
なぜかというと、子どもは未来だからです。
いま子どもを大切にしない場所には、20年後の担い手がいません。
それだけの、シンプルな計算です。


命は繋がれていく。繋ぐ相手は、常に自分より若い人
ここからが、今回いちばん書きたかったことです。
親父が亡くなったあと、3つの命が生まれた
親父が亡くなったあと、いとこの子どもが2人生まれました。
それとは別に、僕の友達にも子どもが生まれました。
3つの命が、あとから来たんです。
親父がひとりいなくなって、その分が減ったまま終わるのかと思っていました。
でも、そうじゃなかった。



気がついたら、ちゃんと次が来ていた。
もらったものは、下にしか渡せない
命は繋がれていく。
そして、繋ぐ相手は、常に自分より若い人です。
▲ もらったものは、上には返せない。下にしか渡せない(筆者作成のイメージ図)
ここは、はっきりしています。
上の世代に返すことはできません。
もらったものは、下にしか渡せない。
親父にしてもらったことを、親父に返すことはもうできない。
だから、自分の子どもに渡すしかないんです。
福島の大人たちが子どもを大切にしているのも、たぶん同じことなんだと思います。
自分がしてもらったことを、下に流している。
子どもは未来だ、というのは、そういうことなんだと思いました。
総括|時間だけは、元本割れしたら戻らない
ここからは、この夏休み全体の総括です。
移動費も遊びもお土産も、ケチらなかった
今回の夏休みの旅では、めちゃくちゃお金を使いました。
移動費はもちろん、遊びも、やりたいことも、お土産も、ケチりませんでした。
でも、それでいいと思っています。
お金は戻る。2026年の夏休みは戻らない
お金は、連休が終わればまた稼げます。
連休中に使った分も、また貯めればいい。
でも、子どもと過ごしたこの数日間は違います。
2026年の夏休みの思い出は、もう買い戻せません。



時間だけは、元本割れしたら戻らないんです。
▲ お金と時間は、減ったあとの扱いがまったく違う(筆者作成のイメージ図)
投資なら、値下がりした分をあとから取り返せる可能性がまだ残っています。
でも時間は、減った瞬間にその損失が確定して、取り戻す手段がこの世に一つも存在しない。
並べてみると、はっきりします。
| お金 | 子どもと過ごす時間 | |
|---|---|---|
| 減ったとき | また稼げる/また貯められる | 二度と戻らない |
| 元本割れしたら | 回復する可能性が残る | その瞬間に確定する |
| 取り戻す手段 | 働く・運用する | 存在しない |
| 使いどきを逃すと | 後日でもやり直せる | その年齢の子はもういない |
去年の夏休みの長男を、今年の夏休みに連れてくることはできません。
今年の次男は、来年にはもう今年の次男ではない。
親父が亡くなって、この当たり前が急に重くなりました。人がいなくなるというのは、その人と過ごせたはずの時間が、まとめて消えるということでもあるので。
子育ての時間は一瞬です。
だからこそ大切にしたいし、お金を使うべきところではケチりたくない。


まとめ|だから、お盆休み明けからも仕事をがんばります
今年の夏、親父を福島に連れて行きました。
盆棚の、じいちゃんとばあちゃんの横に置いてもらいました。
伯父さん伯母さんが線香をあげてくれました。
服とキャップも飾って、宴会の輪に入れてもらいました。
本当に、連れて行って良かったです。
そして、福島の大人たちが子どもを大切にしている姿を見て、命は下にしか渡せないんだと気づきました。
連絡が途絶えたままになっている親戚がいるなら、用事をひとつ、自分の側からつくってみてください。お礼でもいいし、近況の報告でもいい。大した用事じゃなくてかまわなくて、理由さえひとつあれば、人はちゃんと会いに行けます。
僕もまだ、途中です。
親父がいなくなった穴の埋め方は、正直まだ分かっていません。
それでも、今年は行けました。
来年も行きます。
だから、お盆休み明けからも仕事をがんばります。




この話は、ポッドキャスト「パパスタジオ」でも話しています。
記事には書ききれなかった間や、声のトーンごと残っているので、よかったら聴いてみてください。
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記事中の言葉について
新盆の時期や作法は、宗派や地域によって異なります。この記事に書いたのは我が家と福島の本家のやり方で、一般的な正解を示すものではありません。

