そのポスト、読んだ瞬間に「うっ」ってなりました
先日、SNSでこんなポストが流れてきました。
スポーツ観戦は絶対に趣味にしてはいけない。他人の人生に熱狂しても自分のスペックは1ミリも上がらない
というもので、賛否両論バズっていました。
読んだ瞬間、ちょっと刺さりましたよ。
なぜなら私、京都サンガF.C.のアウェイ遠征にまで行くガチのスポーツ観戦好きだから。
「あ、これ俺のことだ」と思いながら、
しばらく考え込んでしまいました。
今回は、そのポストをきっかけに自分が考えたことを正直にシェアします。
批判でも擁護でもなく、
あくまでいち44歳サラリーマンの個人的な思考の整理として読んでいただければ嬉しいです。
完全に同意できる部分:「他人の人生に自分の人生を委ねるな」
私の正直な話
京都サンガが勝っても負けても、私の給料は変わりません。
当たり前の話ですが、これはシンプルな事実として受け止めています。
サンガが勝てばその日は最高の気分だし、
負けたら悔しさで何も手につかないこともある。
J1に昇格した時は本当に泣くほど嬉しかった。
でも、そのどれも私の「生活向上」とは切り離されています。
つまり私は、
京都サンガを「人生の生きがい」ではなく「エンタメのひとつ」として楽しんでいる。
そこの区別はちゃんとついている、と思っています。
以前、阪神ファンのガチ勢の友達と居酒屋で話し込んだことがあって、
その友達が「俺には阪神しかない、阪神が生きがいなんや」と言った時、
私は「あほか!自分の人生の生きがいを、他人に委ねるな」と伝えました。
阪神が強くなろうが弱くなろうが、
あなたは阪神の選手でも社員でもない。
選手たちは文字通り人生をかけて戦っているけど、
その結果に自分の人生全体を乗せてしまうのは違うだろ!と。
気づいたら3時間47分討論していました。
知っておきたい:「ウェルビーイング」と「推し活」の関係性
心理学や行動科学の世界では、「自己効力感(self-efficacy)」という概念があります。
これは「自分はやればできる」という感覚のことで、
幸福感や自己肯定感に深く関わっています。
自己効力感は、他者の成功を観察することでも多少は高まります(これを「代理経験」と呼びます)が、
やはり最も強く高まるのは「自分が何かを達成した経験」です。
つまり、推しの活躍を見て感動することと、
自分が何かを成し遂げることは、脳への影響が違う。
これはポストの主張と重なる部分です。
- 自己効力感(Self-efficacy): 「自分はできる」という自信の感覚。他者の成功体験でも少し上がるが、自分の行動と結果から得る効果が最も大きい
- 代理強化: 他人の成功を見て「自分もできそう」と感じる心理現象。観戦にも一定の効果はあるが限定的
同意できない部分:趣味に生産性を求めなくていい
「趣味の定義」をもう一度考えよう
「その時間を筋トレや勉強に使えない男は一生主役になれない」という言葉。
これ、よく読むと「趣味の批判」じゃなくて
「時間管理の批判」なんですよね。
スポーツ観戦のせいで、仕事時間がゼロになっているなら、
それは確かに問題かもしれません。
でもそれはスポーツ観戦が悪いんじゃなくて、
優先順位の付け方の問題です。
映画を見ることも、ゲームをすることも、小説を読むことも、
全部「直接的なスキルアップ」にはならない。
でも誰もそれを「やめろ」とは言いません。
趣味とは元来、直接的な利益を求めないからこそ「趣味」なんです。
スポーツ観戦の健康効果:科学はこう言っている
ここでちょっと面白いデータを紹介します。
早稲田大学の研究グループが発表した論文によると、
スポーツ観戦は脳の「報酬系」と呼ばれる領域を活性化させ、
幸福感(ウェルビーイング)を高めるという神経生理学的なメカニズムが確認されています。
しかもこれ、一時的な効果だけでなく繰り返すことで脳の構造変化まで起き、
長期的な幸福感にも寄与するという話なんです。
また、公益財団法人明治安田厚生事業団の縦断研究(2024年10月、医学誌「Preventive Medicine」掲載)では、
6,327人を対象に調査した結果、
現地でのスポーツ観戦頻度が高い人は1年後の心理的ストレスリスクが17%低い
という結果が出ています。
スポーツ庁の令和5年度調査によれば、
テレビやネットでスポーツを観戦した成人は68.1%。
マクロミルの調査ではスポーツを「見ることが好き」な人は全体の約6割で、
「することが好き」な4割を上回っています。
つまり日本人の多くがスポーツ観戦を楽しんでいる。
これがすべてダメだとは、ちょっと言えない気がします。
私の結論:「目的」にするな、「手段」として使え
正直な感想
ポストのメッセージを一言でまとめると
「他人の人生に自分の人生を委ねるな」ということだと思います。
この核心の部分は、完全に同意です。
ただ「スポーツ観戦を趣味にするな」という断言には反対します。
趣味は人生を豊かにする手段であって、
仕事や自己成長への投資と比較するものではない。
節度を持ちながら楽しむ分には、何の問題もないと思っています。
平日に仕事を頑張れているのは、週末に京都サンガを観に行く楽しみがあるから、という側面は確かにある。
サポーター仲間とスタジアムで議論する時間は、
スキルアップにはつながらないかもしれないけれど、
人生を謳歌しているという感覚を与えてくれます。
それは価値のあることです。
まとめ
推し活は「手段」、人生の主役はあなた自身
スポーツ観戦や推し活を「人生の目的そのもの」にしてしまうと、
自分の人生が他人の結果に左右されてしまいます。
でも「人生を楽しむための手段のひとつ」として位置づけることができれば、それは立派な趣味です。
好きなチームを応援する。好きな選手を推す。
その感情は本物で、人生に彩りを与えてくれます。
ただ、最終的に自分の人生を動かすのは自分しかいない。
そこだけ、忘れなければOKだと思います。