「お葬式は悲しいけど、楽しいな」
これは、昨日、葬儀中に次男がぽつりと漏らした言葉です。
今回見送ったのは義祖母。
喪主ではない私は、裏方として「ロジスティクス(段取り)」に徹しました。
選んだのは、祭壇を作らず、扉を開け放ったフラットな空間での「お別れ会」。
そこには、湿っぽい悲しみよりも、
親族全員が力を合わせて故人を送り出す、ある種の熱気がありました。
今回は、3日間のプロセスが生んだ「修学旅行」のような一体感と、
それを支えるために40代サラリーマンが行った準備について記録します。
「祭壇なし・扉開放」の空間設計
今回の会場レイアウトは、心理的な壁を取り払うことを意識しました。
1. 祭壇を作らない
通常あるような花祭壇は設けず、会場の中央に棺を配置し、その周りに椅子を並べました。
特定の方向を向くのではなく、みんなが故人を中心に向き合う形です。
2. 扉を開け放ち、空間をつなぐ
棺のあるホールと、食事をする休憩室。
この間の扉をすべて開け放ちました。
「ゾーニング(区分け)」をあえてしないことで、
食事をしている時も、棺のそばで話している時も、
同じ空気を共有できるようにしました。
「宿泊」を利用した「偲ぶ会」
今回、葬儀場の宿泊施設(限定4組)を確保しました。
これは全員で泊まるためではなく、
キーパーソンである義母や義伯父夫婦のためです。
通夜ではなく、ゆっくりとした時間を
遠方から来た義伯父や、実の娘である義母が泊まることで、時間を気にせず故人のそばにいることができました。
形式的な「通夜」の儀式を行う代わりに、
夜は親族だけで集まる「偲ぶ会」のような温かい時間になりました。
これができたのは、事前に宿泊というロジを確定させておいたからです。
「修学旅行」のような3日間の正体
すべてが終わり、昨日帰宅して感じたのは、
心地よい疲労感と、祭りのあとのような寂しさでした。
それはまるで修学旅行が終わった後のようです。
この感覚はどこから来たのか。
- 子どもたちが会場で遊び、それを大人が見守る。
- 棺へのメッセージ(2回目)をみんなで書き込む。
- 「いいお別れにしよう」とみんなが動く。
この3日間、「おばあちゃんをみんなで送り出してあげよう」という共通のプロジェクトに向かって、
親戚一同が力を合わせたこと。
その「協働のプロセス」こそが、修学旅行のような一体感の正体だったのだと気づきました。
まとめ
次男が感じた「楽しさ」は、不謹慎な意味ではなく、
この「チームとしての一体感」に対するポジティブな感情だったのだと思います。
44歳、義理の孫という立場の私にできたことは、
このチームが動きやすいように環境を整えることでした。
葬儀にはいろんな形がありますが、「みんなで力を合わせる」ことができるスタイルは、
残された家族の絆を深める素晴らしい選択肢だと感じています。
